東京地方裁判所 昭和47年(ワ)7108号 判決 1974年3月29日
原告 第三信用組合
右訴訟代理人弁護士 佐藤寛蔵
同 岩下孝善
被告 野坂与志次
右訴訟代理人弁護士 栗原時雄
主文
一、被告は原告に対し、金一、四三九万一、五七〇円を支払え。
二、訴訟費用は被告の負担とする。
三、この判決は、原告において金三〇〇万円の担保を供するときは仮に執行することができる。
事実
第一、当事者の求めた裁判
一、原告
主文同旨
二、被告
1.原告の請求を棄却する。
2.訴訟費用は原告の負担とする。
第二、当事者の主張
一、請求原因
1.(一)原告は野坂喜代志(以下喜代志という)との間で、昭和四〇年七月三〇日、喜代志に対し、貸付限度額金二八〇〇万円、利息日歩金二銭八厘、期限後の損害金日歩金七銭とする約定で手形貸付をする旨の契約(以下本件貸付契約という。)を締結した。
(二)被告は原告との間で、同日、原告に対し喜代志が負担する右手形貸付契約上の各債務につき、喜代志と連帯して保証する旨の契約を締結した。
(三)仮に右連帯保証契約が、原、被告間で直接締結されたものでないとしても、被告は喜代志に対し同契約の締結を含む法律行為について包括的に代理権を授与し、喜代志がその授権に基き被告のため被告に代って同契約を締結したものである。
(四)仮に被告から喜代志に何らの代理権が授与されていなかったとしても、被告は実父である喜代志に印鑑の管理を託し、喜代志は被告のため被告の事務を代行していたものであり、また、実兄である訴外野坂喜一(以下喜一という)は、原告から予め手渡されていた手形貸付についての約定書に被告の署名捺印をして喜代志とともに原告方に持参したものであるから、被告は同人らに代理権を授与した旨第三者に対し表示したものというべきである。原告は同人らを被告の正当な代理人であると信じて本件連帯保証契約を締結したものである。
(五)仮に表見代理の成立が認められないとしても、被告は、喜代志または喜一が被告のため被告に代って原告との間で前記連帯保証契約を締結した事実を知った上で、昭和四六年二月一三日、連帯保証人として債務の承認をして同人らの無権代理行為を追認している。
2.本件貸付契約にもとづき、原告は喜代志に対し、次のとおり金員を貸付け交付した。
(一)昭和四〇年七月三〇日、金一、三〇〇万円、弁済期昭和四一年一二月二日。
(二)昭和四〇年七月三〇日、金五〇〇万円、弁済期昭和四二年一月一〇日。
(三)昭和四一年九月五日、金六〇〇万円、弁済期昭和四二年一月五日。
3.右各貸付金は喜代志により次のとおり弁済された。
(一)金一、三〇〇万円の貸付分につき
①昭和四三年七月九日、元金三、三六五、五五九円と日歩二銭八厘の約定利率による利息の全部ならびに同日までの日歩七銭の約定利率による損害金、
②昭和四三年一二月二六日、元金二、五三八、二一三円、
③昭和四四年七月二一日、元金九九〇、〇〇〇円、
④昭和四六年二月二二日、元金六、一〇六、二二八円、
をそれぞれ支払ったが、金二、五三八、二一三円に対する昭和四三年七月一〇日から同年一二月二六日まで、金九九〇、〇〇〇円に対する昭和四三年七月一〇日から昭和四四年七月二一日まで、金六、一〇六、二二八円に対する昭和四三年七月一〇日から昭和四六年二月二二日までの前記約定利率による各損害金計四、六五三、八七〇円を支払わない。
(二)金五〇〇万円の貸付分につき、昭和四七年六月三〇日、元金五〇〇万円、前記約定利率による利息の全部、昭和四四年八月二三日までの前記約定利率による損害金を支払ったが、昭和四四年八月二四日から昭和四七年六月三〇日までの前記約定利率による損害金三、六四三、五〇〇円を支払わない。
(三)金六〇〇万円の貸付分につき、昭和四七年六月三〇日、元金六〇〇万円、前記約定利率による利息の全部、昭和四三年七月九日までの前記約定利率による損害金を支払ったが、同月一〇日から昭和四七年六月三〇日までの前記約定利率による損害金六、〇九四、二〇〇円、を支払わない。
4.よって、原告は連帯保証人である被告に対し、日歩金七銭の約定利率による未払損害金として、合計金一四、三九一、五七〇円の支払を求める。
二、請求原因に対する認否および抗弁
1.請求原因1の(一)の事実中、昭和四〇年七月三〇日当時損害金の約定があったことは否認し、その余は認める。損害金の約定は同日以後になされたものである。同(二)ないし(五)の事実はいずれも否認する。同2および3の事実は認める。
2.被告は原告と連帯保証契約を締結した事実はなく、手形貸付についての約定書保証人欄の被告名義の署名捺印は、被告の父喜代志が被告のため製作させて所持していた印鑑を用いて被告に無断で冒署、冒捺したもので被告はこれに関知していない。
3.仮に被告が喜代志らに代理権を授与した旨を第三者に表示したとしても、原告は被告に対し連帯保証意思の有無について確認をしなかった点について過失があったから、表見代理関係は成立しない。
4.請求原因4の主張は争う。
第三証拠<省略>
理由
一、損害金に関する約定がなされた日時の点を除き請求原因1(一)記載の契約が原告と喜代志との間で締結されたこと、右契約に基づき請求原因2記載のとおり原告から喜代志に対し貸付けがなされ、同3記載のとおり喜代志が原告に対しその元金、利息および損害金を弁済したことは当事者間に争いがない。
二、<証拠>によれば、次の事実を認めることができる。
喜代志は長男喜一のために昭和三五年三月二三日山王鉛管製造株式会社を設立し、喜一を代表取締役として、同人にその経営をさせていたが、次男である被告のためにも喜一同様株式会社を設立し被告にその経営をまかせることを考え、昭和三九年二月二六日被告のほか、自己および喜一を代表取締役一族の野坂ふさを取締役として不動産取得分譲等を目的とする資本金七五〇万円のノサカ興業株式会社(以下「ノサカ興業」という。)を設立した。被告は同社設立の事実および趣旨を熟知していたが、当時厚生省の外郭組織である国民休暇村に勤務していたため、差当って同社の経営を喜代志に一任していた。そこで、喜代志は、被告もノサカ興業の代表者である以上マンション建築等その業務遂行上代表取締役である被告名義による取引を行ない、また、被告名義による書面の作成を必要とすることも多いことが予想され、その必要の都度被告の勤務先に出向いて捺印を得ることも煩雑であると考え、被告の印鑑を作成し、これを被告の実印として印鑑登録をして、自らこれを保管しており、被告もこのことを熟知していた。
喜代志はノサカ興業設立後同社によりマンションを建築することを計画し、山王鉛管製造株式会社と取引のあった原告に対し、ノサカ興業に融資することを申入れたところ、原告は同社が設立後日が浅く経営実績が不明であったため、喜代志個人に対し貸付け、喜一および被告を連帯保証人とするならば、極度額金二、八〇〇万円、利息日歩金二銭八厘、損害金七銭とする手形貸付の方法により融資する旨を回答した。そこで、喜代志は、これに応じ昭和四〇年七月三〇日喜一と共に原告の浅草支店に赴き、原告から交付された約定書用紙(甲第一号証、乙第一号証)の借主欄に自ら署名捺印し、喜一に連帯保証人欄に同人および被告の氏名を記入させた上、被告名下に自己保管にかかる前記被告の実印を押捺させ(甲第一号証の被告名下の印が被告の印鑑により顕出されたものであることは当事者間に争いがない)、かくて、原告を債権者、喜代志を主債務者、喜一および被告を連帯債務者とする請求原因1(一)記載の本件貸付契約が締結され、原告はこれに基づき請求原因2記載のとおり貸付けた。
以上の事実が認められ、この認定に反する証人野坂喜代志の証言および被告本人尋問の結果は採用することができない。
被告は日歩金七銭の割合による損害金の約定は後日前記貸付契約とは別個になされたものであるとし、その理由として、前記甲第一号証の損害金の利率欄は後日記入されたものである旨主張する。そして、証人野坂喜代志、矢野清二の証言および被告本人尋問の結果によれば、被告が主張するように甲第一号証の損害金の利率記入は原告により後日(昭和四三年一二月以後)なされたものであると認めることができる。しかし、右証拠によれば、甲第一号証中貸付限度額金二、八〇〇万円および利息の約定利率金二銭八厘の記入も同様原告により後日記入されたものであることが認められるのであるが、被告も原告と喜代志との関係で貸付限度額と利息の利率についての約定が貸付のときなされたことは認めているところであるから、原告による後日記入の取扱いが金融機関として極めて杜撰であり誤解を招きやすいものであったことは否定し得ないとしても、単に後日記入の一事をもって損害金の約定が後日なされたものと認めることはできない。むしろ、金融機関から融資を受ける場合融資額、利息に関する約定と同時に損害金につき利息の約定利率より高い利率が合意されるのが通例であり、証人高田稔も甲一号証の約定書作成の際喜代志に対し損害金の利率について説明した旨述べているし、喜代志自ら弁済期到来の当初から七銭の割合による損害金の弁済をしている事実(この事実は当事者間に争いがない)からみても、日歩金七銭の割合による損害金の約定は前記貸付契約の際同時になされたものと認めるのが相当である。
三、そこで、喜代志の代理権の有無について検討すると、被告はノサカ興業の代表取締役でありながら他に勤務していたため、父喜代志に同社の経営を一任していたことは前記認定のとおりである。ところで、ノサカ興業のように同族的色彩の濃い小規模の株式会社にあっては、代表取締役個人が会社運営資金を調達したり、会社債務を保証するというように、会社経営の必要上代表取締役が個人として法律行為をするということも決して稀ではなく、特に同社は被告のために設立されたもので、ゆくゆくは被告が同社の実権を掌握することが予定されていたのであるから、一層そのような場合が多いと考えられる。従って、被告が喜代志に対しノサカ興業の経営を一任していたということは、単に会社としての経営を任せたというにとどまらず、会社経営のため必要かつ相当な範囲内で自己に代って法律行為をする権限を与えていたものと認めるのが相当である。それなればこそ前記認定のように被告は喜代志が被告のため印鑑を作成し、これを被告の印鑑として登録したことを容認していたのである。そして、本件貸付契約による融資はノサカ興業のマンション建築のためになされたのであり、右融資の返還債務につき代表取締役である被告が保証することは同社の経営に必要かつ相当な事項として喜代志に対する授権の範囲に含まれるものと解するのが相当である。
このように、本件貸付契約の返還債務の連帯保証契約の締結が喜代志に対する授権の範囲内であることは、成立に争いのない甲第七、第一六号証によれば、被告自身が本件貸付契約による連帯保証の責任を認める趣旨の書面を原告に差入れていること、成立に争いのない甲第八、第九号証、第一〇号証の一、二、証人矢野清二の証言により認められるように、本件貸付契約締結の際喜代志により被告の所有の軽井沢の山林に被告の連帯保証債務のうち金一、五〇〇万円を担保するため抵当権が設定されたが、ノサカ興業が昭和四三年八月一日不渡手形を出した後同月二一日頃被告および被告から右山林の売却処分を委託された日本信託銀行職員二名が原告の本店を訪れ、右山林を売却し債務を弁済するにつき担保権者である原告の意向を質しにきたこと、その後被告はこれを売却した後、同年九月および一〇月の二回にわたりその売却金二〇六九万一、〇〇〇円を本件貸付契約による債務の弁済として原告の本店に持参したこと等の被告の事後的行動によってもうかがい知ることができる。
四、以上述べたところによれば、被告は原告と喜代志間の本件貸付契約により喜代志が原告に対し負担する債務につき連帯保証責任を負うべきことになるが、請求原因3の(一)ないし(三)記載の損害金債務が履行されていないから、被告は原告に対し連帯保証人として右債務を履行する義務がある。
五、よって、原告の本訴請求は正当であるからこれを認容し、担保を条件とする仮執行の宣言につき民事訴訟法一九六条、訴訟費用の負担につき同法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 松野嘉貞)